2011年11月23日

95歳の老人の詩

友人の日記で紹介されていた言葉をシェアします。


「もう一度人生をやり直せるなら・・・・

今度はもっと間違いをおかそう。もっと寛ぎ、もっと肩の力を抜こう。

絶対にこんなに完璧な人間ではなく、もっと、もっと、愚かな人間になろう。

この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど殆ど無いのだ。

もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。

もっとたくさんのチャンスをつかみ、行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。

もっとたくさんアイスクリームを食べ、お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。

もっと本当の厄介ごとを抱え込み、頭の中だけで想像する厄介ごとは出来る限り減らそう。

もう一度最初から人生をやり直せるなら、春はもっと早くから裸足になり、秋はもっと遅くまで裸足でいよう。

もっとたくさん冒険をし、もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、もっとたくさんの夕日を見て、もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。

もう一度人生をやり直せるなら・・・・

だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。

私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?

自分に規制をひき、他人の目を気にして、起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、構えたり、落ち込んだり ・・・・

もっとリラックスしよう、もっとシンプルに生きよう、たまには馬鹿になったり、無鉄砲な事をして、人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう。

人生は完璧にはいかない、だからこそ、生きがいがある。 」


-現代経営学の父ピーター・ドラッカー氏享年95歳-

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2011年11月16日

できない と ねばならない を手放したら…

できない と ねばならない

という言葉が

わたしの心の苦しさを生み出して

いたんだなあとつくづく思う

このごろ。


できない は これならできる に 変えていこう。

ねばならない は そうでなくてもいい にまず変える頭をもってみて

それから こうしたい に変えていこう。


そんなことを

繰り返していたら

心は序所に

だんだんとだけれど

平和になっていって。


安心と幸せが

ここにあるんです。


ありがとう。


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2011年11月07日

お墓参り

今日はおじいちゃんのお墓参りをしてきました。

ずっと行こうと思っていて、行けていなかったんですよね。

そうしたら、今日、ひょんなことで行けることになりました。

もともと人と合う予定があったのですが、

先方の都合で、予定が30分ほど遅れたんです。

先方のお家から近くだったので

その間に行ってくることができました。

ありがとう。

もう15年…長生きしてくれていたら

ひ孫も一緒に会えたのになあ…。



供養になるでしょうか。

振り返って、おじいちゃんに

手紙を書いてみたいと思います。



**********

おじいちゃんへ


長いこと挨拶にも来れなくて、ごめんなさい。

ひ孫と一緒に来ました。

生きていたら、一緒に遊べたら嬉しかったなあ。


おじいちゃんの作った家は

動物園のようで、犬がいて、鯉がいて、すっぽんがいて、

鶏や珍しい鳥もたくさんいて。ホタルが出て。

今思うと、それがどれだけ特殊で貴重な経験だったか、よくわかる。


鯉にドックフードをあげるのが、本当に面白かった。

すごい食いつきだった。

夏には、すいかがとれて、すいかのあまりを

鯉にあげるのが、面白かった。

池の鯉は綺麗で、がちょうもいて、があがあと泣いていたなあ。

すっぽんを鍋にして、みんなで食べたことがある。

すっぽんの足がそのまま入っていて、今思うと、すごい料理だったなあ。


蜜蜂もやっていた。

どういったことか、スズメバチのハチミツ付けを

おじいちゃんはつくっていて、

毒が薬になる、と言って飲んでいた。


スズメバチの巣のそのままの殻?が

飾りとして天井からかかっていた。


養蜂の仕事のときには

白い服を着ていた。


はちみつは美味しかった。


犬はわたしが小学生くらいのときまでいた。

ビタワンの大きな袋が家にあった。

犬は大きくて、ちょっと怖かった。

名前は、なんだっけ?


一度、へびが現れてびっくりした。

おじいちゃんが、へびをもって、

ぶんぶん振り回して、

一昨日来やがれ

といって、離した。

それで、わたしは、一昨日来い

という言葉の意味を知った。


鳥は本当に多かった。

大きい公園の動物コーナーより多かった。

鶏、チャボ、烏骨鶏、キジ、キンケイ、ギンケイ、

くじゃくもいたかな。覚えきれなかった。

鳥のエサを一緒にあげてまわるのは楽しかった。

ブロイラーをやっていたころは

そりゃもう、鶏だらけだった。

卵を回収してまわった。

孵卵器で、ひよこをかえしていた。


水が綺麗で、生活の水は

山からひいていた。水源についていったことがある。

あれはどこだったかな。冒険のようだった。

今はもう立ち入れないのかな。

ザリガニつりをした。

サワガニをみんなで取りに行った。

揚げると、真っ赤になった。おいしかった。


生家農家でもあったから

夏休みは、花の出荷を手伝った。

花を束ねて、スズランテープでしばった。



おじいちゃんは、ビールを飲んでいた。

とくほん?サロンパスをはっていた。


剥製がつくれた。

だから、美しい鳥の剥製がいっぱいあった。

きつねとかもあった。

きつねのしっぽの首巻きをつくってくれたのはおばあちゃんだったかな?

首巻きとして、普通に使えるけれど

確か成人式のときんも使ったけれど…

お店に売っているようなのじゃない。

なぜかというと、リアルな顔と足までついている。


秋はぶどうが美味しかった。

一房一房、紙袋で包まれていた。


いのししも取っていた。

檻をしかけて取っていた。

いのししが取れるとボタン鍋を食べた。


雪の日はかまくらで遊んだ。


今、思いだせるままに

書いていて、

どれだけ、たくさんの自然の恵と

共に暮らしていたか、

驚きます。


一代にして、広大な土地に

おじいちゃんが作り上げた世界。

すごすぎる。


関西のおじいちゃんの家。

遊びにいけるのは学校が長い休みのときだけだったけれど

貴重な、大切な、思い出。


私はこの家に生まれて本当に良かった。

その体験ができて、本当に良かった。

おじいちゃん、ありがとう。


たしか、お酒をたばこを

やめなかったな。


今天国ならば、お酒もたばこも楽しんで

好きな鳥や動物王国の仲間たちも一緒に

幸せに暮らしていて欲しい。


動物王国は、おばあちゃんや、家族からは

大変に思われていたかもしれないんだけど、

わたしは動物好きなので、超ハッピーだったし

今振り返っても人生の素晴らしいポイント、自慢できる100点です。

鳥のエサやりもっと手伝えば良かったなあ。



高校生、大学生になって

田舎へ行くの少なくなって、ごめんなさい。

もっと行けば良かったよ。

増して、社会人になってからなんて、

もっと行けば良かった。

なんにも役に立てなくて、

ごめんなさい。


すごい王国、本当にありがとう。

わたしもわたしなりの自分の世界が築けるよう、がんばります。


それにしても、おじいちゃんの王国は

今の若い子どもたちにも知ってほしいな。

こういうものこそ、後世に伝わっていって欲しいと思うこの頃です。


また、お墓参りに行きます。

おじいちゃん、ありがとう。

安らかに。幸せに。


**********


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posted by おむすび at 17:58| Comment(0) | 言霊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする